皆さんこんにちは!本日も知って役立つ情報をみなさんと共有していきます!今回のキーワードは「発達障害の体験談」です。

発達障害の体験談をADHD当事者のOさん(ライターさん)から話を聞くことができました。

今となっては笑える話でも、その時は「大変だった」「恥ずかしかった」「自分でもなんでかわからない」等、様々です。

当然といえば当然ですけど、脳の作りが人と違うんですよね。

そして治そうと思っても治らない。そんなOさんのお話を読んでみてください。

共感を得てくれれば幸いです!

発達障害体験談。昔は発達障害の概念が無かった

発達障害者支援法ができたのは2005年(平成17年)で、Oさんが子供の頃にはありませんでした。

そしてOさんの息子さんも発達紹介のADHDですけど、息子さんが4歳になってから発達障害という概念ができたので、Oさんも息子さんも2004以降に発達障害という存在を知るまで、あたふたしながら生き辛さを抱えつつ生活してきました。

忘れ物が半端じゃない!

小学校では生徒達が忘れ物をしないように、連絡帳というノートで黒板に先生が書いた連絡事項や宿題を書き写す、という事をします。

Oさんは学校では周りの子が連絡帳を書いているので、皆と同じ様にノートに書きます。でも、家に帰ったら連絡帳などは見ません。見たとしても、寝る寸前や朝です。

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子供の頃の
Oさん
やばいっ!!宿題やってないじゃん!!

でももう今更何も出来ません・・・。先生に怒られる、教室の後ろに立たされる、正座させられる、そして恥ずかしい思いをするのでありました。(昔は体罰は普通だった)

他にも忘れ物はてんこ盛りです。

  • 宿題
  • お弁当
  • 図画工作の具材、絵の具
  • 筆箱、消しゴム等の学習用品
  • 家庭科の調理実習の材料
  • とにかくきりがないくらい沢山・・・・
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先生
また忘れ物かーーっ!家に取りに帰れーーーーっ!

幸いOさんはさっぱりした性格だったので、家に忘れ物を取りに帰り、ついでにお菓子を食べてから学校に戻ったそうです。

お弁当を忘れたとき

Oさんは公立の中学校だったので給食でした。でも行事等でたまにお弁当の日があります。

この「たまにのお弁当の日」が厄介で、普段はお弁当を持っていかないし、連絡帳を見ないからお弁当を忘れてしまいました。

そこで先生は、Oさんの友達のお弁当箱のフタを借りて

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担任の先生
おーい!みんなー!Oさんが弁当を忘れたから、このフタに少しでも自分の弁当からめぐんでやってやれー!

そしてクラスのみんなから、おかずをちょびちょびフタに入れてもらい、フタにこんもりと、一食分以上の食料をOさんは得たのでした・・・・

みんな優しいですね。

ものすごい執念

ADHDは好きな事にはものすごい執念を出します。

Oさんは子供の頃は少食でした。

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Oさんママ
あの子が少食なのは、ご飯の前にお菓子を食べるからに違いない。隠してしまおう。

とOさんの少食を心配した母親は、お菓子を買っても家のどこかに隠します。

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Oさん
この家のどこかにお菓子があるはずだ!

少食のくせに、お菓子は食べたいOさんは家の中を隅から隅まで探しまくります。何故かと言うと、今までに何回か絶妙な場所にお菓子が隠してあるのを見つけたからです。

どんなに探しまくっても見つからない場合は、自分で何かを作ります。

ドロドロした甘い食べ物のレシピ

小さいお鍋に
・水
・片栗粉
・砂糖
・もしあれば、カルピスの液、かき氷のシロップ等
を全部入れます。
よく混ぜながら、とろ火で煮込んで「ドロドロした甘い食べ物」の出来上がり。

それをお菓子代わりにして食べていたOさんです。

卵の白身でメレンゲを造って「ふわふわして美味しい〜〜」と食べていたこともあったそうです。

大人になってからの発達障害の体験談

大人になっても発達障害は治りません。周りからは「変わってるね」「天然だね」「面白い人だね」「個性的だね」と変な人扱いをされていました。

でも自己肯定感があるOさんは逆に「自分は個性的なんだ。」とプラス思考に考えていました。

仕事の体験談

大人になったら、仕事をしなければいけません。

ADHDのOさんはその頃から薄々この仕事は苦手だ・・・という作業がありました。

それは単調作業です。

ADHDの脳の思考回路は目まぐるしく色々なことを考えています。単調作業をしていると手は働いているが、脳は色々な事を考え始めてしまうのです。

2次障害のはじまり

Oさんは結婚をしました。だが旦那さんはすごく短気な人でした。

Oさんは例のごとく忘れ物ばかりしていました。

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旦那さん
お前また忘れたのかよーーー!
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旦那さん
メモしろって言っただろーーーー!
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旦那さん
指差し確認したのかーーーーー?!

スーパーで買い物をして、会計の後適当に袋に食材を詰め込んでいたら

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旦那さん
そんな入れ方じゃ下に入れた物がつぶれるだろーーー!

と怒られてばかりなので、単調作業をしていると旦那さん怒られているフラッシュバックしてしまい、ストレスが溜まって二次障害の双極性障害(躁うつ病)になってしまいました。参照厚生労働省

結局その旦那さんとは、離婚してしまいました。

↑二次障害について詳しく載っています。

二次障害の双極性障害&ADHD

Oさん曰く、この二次障害の双極性障害が今までなった病気で一番辛かったそうです。鬱→普通→躁 が交互にくる病気で、特に鬱はこの世のものとは思えない辛さなのでした。

ADHD+鬱 が組み合わさった鬱なのです。まず鬱になると脳のホルモンの関係でマイナス感情しか考えられなくなってしまいます。それにADHDのめまぐるしい思考が合わさって、シンガンでマイナス感情に脳が支配されてしまいます

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Oさん
辛い・・・・辛いよ・・・・死んだほうがマシだ・・・・・

これは「希死念慮」という精神病の症状です。

病院で投薬治療をし、ストレスの根元の旦那さんとは離婚して今はなんとか落ち着いたOさんです。

こんな優しい彼氏だったら、二次障害にならないですね。

ADHDの変わった特徴

Oさんが大人になってから気がついたADHDの特徴があります。(この特徴はすべてのADHDの方に当てはまる訳ではありません。)

同時に二つの音が聞き取れない

電話をしているとき周りがうるさいと、肝心である電話相手の話声が聞こえなくなってしまいます。

周りがうるさい場合の電話は、受話器を付けていない方の耳をふさいで電話をします。

Oさんはサッカーをやっています。空港の近くのグラウンドで練習するときもあり、飛行機が離陸着陸をするとものすごい音がするので、コーチが説明している時や仲間が話している時は何も聞こえなくなって、困ってしまうことがあるそうです。

右と左がわからない

体育の授業で「右足出して」と先生が言いますが、Oさんは3秒ほど考えて(右ってどっちだっけ?)みんなが出している足を見て(こっちか)と右足を出します。

自動車教習所では「右折してください」(うせつ?・・・ああ、こっちか)。こんな人がよく普通免許を取れたものです?

話を聞いていない・・・

話が長くて、その話がつまらない人っていますよね。

そのような場面になった場合、Oさんは話を聞いているフリをして違うことを考えています。

だから肝心な大事な話も聞いてない場合、これから何をすればいいのかわからなくなってしまい、慌てて周りの様子をみて真似して事なきを得ます。

発達障害体験談、子育て編

Oさんは子供を産みました。T君といいます。

だが「T君って変わってる?それとも個性なのかな?」と気が付かないで小学生まで育てていました。

興味があるものはずーっと立ち止まっている

Oさんの子供のT君はすくすくと1歳まで育ち、歩けるようになったので一緒に散歩をし始めました。

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Oさん
今日はT君と一緒に歩いて公園まで行こう!

しかしこれがまた、なかなか公園までたどり着けません。

T君は道路脇の植木に気をとられて、ずーっと植木の枝や葉っぱをさわっています。

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Oさん
ねえねえT君、公園行かないの?お友達が待ってるよ。

Oさんが声掛けして、やっとT君は歩きはじめます。しかし、今度は雑草に気を取られて雑草を取ったり葉っぱをさわったり・・・

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Oさん
うー、なかなか先に進まない・・・いつになったら公園にたどり着くんだ?

それ以降Oさんはよっぽど暇じゃないかぎり、自転車にT君をのせて移動する事にしました。

バカと天才は紙一重?

T君が小学生の時の話です。

一年生の三学期も終わり、小学校も春休みに入りました。

T君のランドセルは、教科書、ノート、大量のプリントが入っていてパンパンでした。

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ママになった
Oさん
なにこのランドセル!ゴミ箱か!?

仕方がないので、OさんはT君のランドセルを整頓しようと中身を取り出しました。その中にぐちゃぐちゃになった茶封筒が出てきました。

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ママになった
Oさん
なに、この封筒・・・大事なプリントかもしれない・・・

封筒の中身を確かめると・・・一枚の紙が・・・

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すごいいい点数じゃん!危うく捨てるところだったよ・・・

せっかく勉強はできるのに、あまり自覚のないT君でした。

発達障害の存在を知る

ある日Oさんは、ネットの広告(有名な薬品会社)でADHDの事が載っているサイトを発見しました。

  • 忘れ物が多い
  • 多動でじっとしていられない
  • 思いつきですぐ行動に移す
  • 集中力が無い

T君もだけど、Oさん自身にも当てはまります。

(もしかしてT君と私は発達障害だから忘れ物が多いのかな?)

その頃、T君はろくでもない事をしでかしては、学校の先生に怒られたり、父親に怒られたり。

(でも発達障害だったとしたら、怒っても意味がないんじゃないの?)

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ママになった
Oさん
みんなに認めて(特に父親)もらうために病院で調べてもらおう!

10年くらい前なので、発達障害を調べてくれる病院は少なかったけど、3,4時間くらい病院で待ち、色々なプリントをもらい、学校でIQテストをしてもらい、担任の先生に質問を答えてもらったり、本人も問診して・・・

やはりADHDでした。

T君のADHDが解り、それ以降OさんはT君に怒ることは無くなりました。それなりの指導法があると思うし、悪気があって忘れ物おっちょこちょいな訳ではありません。

Oさんは逆にT君の性格が発達障害という理由が見つかりホッと胸をなでおろしました。

発達障害を認めない人

主に父親なのですが、「ADHDなんて訓練すれば治る」と言っていたみたいです。

母親のOさんは、T君の行動が自分と同じなので、気持ちが手にとるように解りました。

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Oさん
訓練したって治らないのになー・・・
怒ったって治らないし・・・

そのおかげでOさんは二次障害になってしまい、T君も二次障害になってしまうのではとすごく心配して、なんとか旦那さんを説得していましたが、なかなかわかってもらえません。

家族や身近な人に発達障害を理解してもらえないのは、とても辛い事です。

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Oさん
私だけでもT君の発達障害を理解して、できるだけサポートしてあげよう!

旦那さんの理解は得れなかったけど、幸いT君はさっぱりした性格なので、お父さんに怒られていた事は忘れてしまっています。

大人になって嫌な事は忘れて、これから二次障害にならないように見守ろうと思ったOさんでした。

まとめ

Oさんは、発達障害でも前向きに生きています。

  • 自分は個性的
  • 誰にでもできない発想をすることができる
  • 発達障害の偉人が沢山いる
  • 行動的なので素早い決断ができる
  • 柔軟で合理的な考えを持てる

もちろん発達障害はマイナスな部分もありますが、それを含めて自己肯定的に個性を活かしながら、Oさんも他の発達障害の方も生きてもらえたらと思います。

最後にひろゆきさんの前向きになれる発達障害の動画を見て、終わりにします。

最後まで読んでいただきありがとうごさいました。